今日の桐生はあいにくの天気で、午後になると霧雨まで落ちてきた。
いよいよ、昨日から3月。気になっていた確定申告を午前中に済ませ、さっぱりした気分で、バラフォンの修理に取りかかる。
このバラフォンとは、かれこれ10年ほどの付き合いになるだろうか。アフリカンスクエアというアフリカの楽器や雑貨を輸入販売しているお店に行った時、あまりの音の良さに、衝動買いしてしまったのだった。あの時の判断は間違っていなかったなあ、と思えるし、最近はとても活躍しているので、思い切って手に入れておいて、本当に良かったと思う。
元から、今の様な使い込まれた状態で売られていたので、現地で使い込まれたものを、買い付けてきたのだろう。最近では、こういったビンテージなバラフォンは、まず見かけない。輸出用に作るものとは違って、素朴な作りで、雑な部分も多々あるが、それはそれで、ものすごく良い味になっている。なんといっても、音が素晴らしいのだ。
どんな名人が作っても、時間という壁は絶対に超える事は不可能で、このバラフォンには、その時間の経過という味付けがなされ、楽器の記憶として、現地での音がたくさん詰まっているはずである。
材質は、はっきりしないが、鍵盤部分はジンベを作る様なかたい木でつくられている。アフリカ人から以前聞いた話によると、バラの木というのがあるらしく、きっとその木ではないかと思っている。そのそれぞれの鍵盤の下に共鳴用のひょうたんが一つずつ付けられ、鍵盤を叩く事によって、ひょうたんの中に音が共鳴して、深い味わいある響きになる仕掛けがなされているのだ。
そして、もう一つ重要な仕掛けが、そのひょうたんに穴が2個から3個開けられていて、そこにアフリカに生息するクモの巣の膜をはって、「ビリビリッ」という音色が生まれてくるのである。この音があるのとないのでは、世界観がまるで違い、そばにかける七味唐辛子の様な感じかな・・・
この音がある事によって、より可能性が増して、世界観が増幅されていくという事である。
実は、手に入れた時からこのひょうたんのクモの巣の膜がだいぶ破けていて、共鳴を得られなかった鍵盤がいくつもあり、今日は、10年を経過して、ようやく修理に踏み切った、記念すべき日になったのだ。
実際に使われている、アフリカのクモの巣の膜がネックで、後回しにしていたというのもあるが、以前、mikito君という知人から、「あの膜の代わりは身近にある○○で、音色もほとんどかわらないでいけるよ!」
と聞いていたので、○○を手に入れ、半信半疑ながらも、早速修理をしたわけである。
「いやーーーー!!!」驚きだった。今までの音よりも深みと共鳴が増して、正直違うバラフォンを叩いている様な気になってくる。気分はもう、カクラバ・ロビである。
カクラバ・ロビとは、バラフォンの名手として有名で、確かビクターから「超絶のコギリ」というアルバムも出ている。
バラフォンの魅力に取り付かれてしまいそうな気がして怖いくらいである。今日も思ったが、良い楽器を手に入れる事が、とても大切なんだと思う。良い楽器というのは、楽器自体が何かを演奏者に教えてくれるのではないか、と思えてしまう。
事実、神楽太鼓が俺にいろいろな事を教えてくれている気がしてならない。
きっと、このバラフォンも、いろいろな事を伝えてくれそうだ。
今度の7日に、東京芸術劇場で、このバラフォンを使う事になっているので、ちょっと楽しみである。
修理に使った、○○とは、スパーのレジ袋。今回は、自然に還るというセブンイレブンのものを使ってみた。
貼ればいいだけかと思ったら、微妙な調整が必要で、ちょっと手間取ったが、良い塩梅に貼れて、めでたしめでたしだ。
これから、もう少し楽器と向き合う時間を作っていこうと思える修理になったなあ。
ひと雨ごとに、春の気配が増していく今日このごろです。