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津軽最大の秋祭りお山参詣に来てます!

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予定が重なる時は、重なるというが、まさにそうである。伊那から群馬に戻ったのが午後の8時前辺りだったろうか。

土日は、ETC割引で1,000円で青森まで行けてしまうので、気合いを入れて準備をして、11時ちょい過ぎに家を出る。なんとか日曜のうちに佐野藤岡インターから東北道に乗る事ができた。これで一安心。青森まで高速代1,000円である。

今回は、超燃費走行をしてみるつもりっだったので、基本的に95キロから100キロをキープ。これが、慣れると結構気持良い。このスピードだと窓を全開でも風圧も大丈夫である。

半信半疑ではあったのだが、いざ距離と燃料の関係を比べてみると、648キロの走行に対して、燃料は57リットルだった。驚きの結果である。リッター11キロちょっとという、高燃費を記録したのだ。

平成17年式の日産キャラバン/ディーゼル・インタークーラーターボで、この燃費は結構誇れる数値だと思う。先日の車検で、この車の総重量が3トンを超えているのを知って、愕然としたのだったが、良いエンジンなんだろうなあ、と思える。同じ速度を長時間キープしたので、なんだか車の調子も絶好調、これもとても嬉しい事だ。

いつもの事ながら、盛岡を過ぎて八戸道と分岐した辺りからは、本当に車の数が激減する。そして、景色は津軽の匂いが強くなり始める。年に1回見れるか見れないこの風景は、とても懐かしくもあり、新鮮でもある。

そして、大鰐弘前インターを下りて、岩木山が見えると、なんとも言えない津軽な雰囲気に長時間の運転の疲れも吹っ飛ぶのである。いざ、岩木山神社へ!である。

岩木山神社のこの狛犬、いつ見ても笑っている様に見える不思議な狛犬である。非常に印象深い狛犬なのだ。

毎回見える部分が違っているのが、また面白い。神殿の屋根の上に虎の彫刻を発見!この虎はなんともいえぬ魅力に溢れ、凄い風格を持っている。さすが岩木山神社の神殿の上に居るだけある。

明日のお山参詣の前のひと時の静けさに包まれた感じのする、岩木山神社だった。こういう賑やかじゃない時間がなんとも言えないのである。

明日は、いよいよお山参詣だ。

2010年賀茂神社・八坂祭

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祭りの朝は、早い!!!

7時半から神事の式典が始まるので、気合を入れていたのだったが、少し遅れてしまった。

春や秋の例大祭とは違って、今日は、神輿を担ぐ人達が大勢そろっている。式は始まっていたので、そそくさと後ろから合流する。

御神酒を杯で参加者みんなが飲んで、式典は終盤へと進んでいく。

この御神酒は、いつ飲んでも異常に美味しく感じる。御神酒を飲むことで、祭りに参加する人が、無事にそれぞれの役割を行うことができる、という気がするし、神様の気を身体に取り込むという様な意味もあるのではないかと思える。

この御神酒を飲む瞬間は、いつも背筋がシャンッとする感じがする。

神輿の準備が整い、いざ出発!この段階で、結構汗をかいている。神輿の方は、道々水をかけてもらえるのだが、神楽の方は、太鼓もあるので、かけてもらえない。

なので、「物凄く暑いのである。」

今年は、異常に暑い。梅干を食べて、水分補給はかかせない。そして、休憩場でもらうスイカやメロンがとても美味い!しかし、炎天下の暑さは想像以上で、見た目を気にしている場合ではなく、頭には白い手ぬぐいを巻いて日射病をふせぐことに。

今までで一番暑かった八坂祭だった気がするなあ。

神楽師一同、汗だくになりながらも、15時前には神社に戻ることができ、雷が来る前に八坂祭も無事に終了。

今日のツケ太鼓は、良い音してたなあー!長時間叩くことで、体感できる感じは、なかなか貴重なことだと思う。午後は叩き通しだったので、座り過ぎで、お尻がちょっと痛いが、新たな感覚もつかむ事ができ、今後に大いに生かす事ができそうだ。

アーンドラ・ナーティアム舞公演 於 赤岩山光恩寺

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先日の春のお祭りの時に、破魔矢をゲットした、光恩寺に行ってきた。

このお寺、毎年インドの舞踊を招聘して、無料で檀家さんから一般の人まで見る事ができるのだ。

今回は、本邦初演となる、両性具有の神様の舞踊が披露さただった。これは、顔の右半分が男性の神様、左半分は女性の神様で、右側の動きの時にはパワフルで勇ましく、左側の動きの時には、色っぽく妖艶に踊るである。

会場からは、この素早い変容ぶりに拍手がわき起こり、とても盛り上がった。

音楽は、残念なことにCDの音源を流していたが、それはそれで、踊りのリアル感が勝り、CD音源とは思えない雰囲気が会場を包んでいた。

足と手に赤い塗料が塗られて、足にはグングルという無数の鈴が付けられている。リズムに合わせて足を踏みならすとそれに伴ってこの鈴が小気味よくなるのが、何とも心地よいのだ。手の指先までの動きが、より良く見える様に、上手い具合に赤の模様が施されている。興味津々である。さすがインド舞踊、歴史の経過の中でもろもろのものが、良い形で継承されているんだな、と思える。

この舞踊集団のリーダーは、日本の歌舞伎でいうところの「おやま」で、女性の仕草は、とても女性らしい。が、やはりインドの女性らしく、少し違和感も感じてしまった。

彼の弟子である、若い女性の踊りも良かったのだが、さすがマスター、アーンドラ・ナーティアンさんの足を踏みならす鈴の音は、強さの中にも繊細さがあり、素晴らしかった。

インドの舞を満喫したのだった。

春の例大祭追加画像

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孝君から、春の例大祭の時の画像をもらった。

自分で踊っているので、なかなか良い写真が撮れないのだが、いい感じのショットがあるので、紹介しておこうと思う。

宵祭りのスサノオとおろちは、実は、孝君の息子の小学3年の海太が撮ってくれたものだ。大人の視点と違うところが雰囲気を捉えていて、いい感じだと思う。

昼間の「稲荷山種蒔きの舞」では、俺の初となる「とこひょ」の様子を撮ってもらえて、良い記念になった。

これだけ桜が咲いている中で神楽を舞う事は、まずないので、忘れる事のできない春の例大祭になった。

そんな祭りのワンショットです。

春の宵祭り〜例大祭

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桜がきれいだなー!などと、浮かれていたら、寒さが身にしみた春祭りだった。

春の例大祭の時に、これほど見事に桜が残っているのは、俺が神楽師になって初めてだった。ベテランの先輩神楽師が言うにも、これだけ咲いているのは、2回目とのこと。

したがって、寒いのだ!これほど寒いのも初めてだった。舞台裏にはストーブが入れられ、なんとか暖をとってしのいでいるありさまだった。神楽殿自体は、吹きさらしの状態なので、寒さが身に染みてくる・・・

太鼓を叩いていても、普段と少し違った感覚で、不思議と腕に負担がかかる感じだった。

今回は、あり得ないようなミスが連発してしまい、囃子がそろわない場面もあったのだが、あれは、どう考えても、腑に落ちない状況だった。俺が叩いていても、変な感覚になって、間違うはずもないリズムを間違えてしまったり、という状況だった。

これは、勝手な解釈だが、寒さと桜の花の残り具合に何か関係しているのでは?と思っている次第だ。正直な話、普段だったら、身体に染み付いてるリズムなので、自然と出てくるのだが、今回は、ちょっとでも気を緩めると、「フーーーっと」何かポーっとしてしまう感じがした。今までにない、不思議な感覚だった。

それはそれとして、宵祭りでは新人の孝君が、おろち役でデビューを飾った!

夜にやる「おろち」は、迫力あってとても良かった。俺はスサノオ役で、おろちを退治するのだが、お面ごしに見えるおろちの姿は、結構怖いもんである。

本日は例大祭で、俺はなんと、初めての「とこひょ」役をする事になってしまったのだ。にんばというリズムに合わせて、コミカルに踊るひょっとこの踊りで、「稲荷山種蒔きの舞」という幕である。

これは、「お稲荷様が、天下って五穀の種を降ろすから・・・・・」と台詞入りで、二人のとこひょにお稲荷様の3人でのやりとりがあり、ようは、お稲荷様の田畑を耕して、作物を育て、それで餅をついて、観客の皆さんに餅を分けてあげるのだ。

この時ばかりは、自然と人が集まって来て、餅が無くなると、クモの子を散らす様に帰っていくのだ。神楽殿の上から、何かをもらえるというのは、相当興奮するもんなようで、大人から子どもまで、餅を拾いまくっている。

今までは、手力男の命、須佐之男命、猿田彦の命、蛭子の命、という様に偉い神様の役ばかりやってきたので、今回の「とこひょ」は、とても刺激的で、今までの自分の踊りの感覚にないものがあって、今後、楽しみが増えたなあ、という感じだ。

新しい事に挑戦するのは、刺激になって良いなあと思う。

無事に春の宵祭りと春の例大祭を終えることができたので、本当にありがたい事だと思う。

光恩寺の火渡りで・・・

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連日、日本的場所へと出かけている。本日は、千代田町の光恩寺、春季不動尊大祭に行って来た。ちょうど、昼過ぎからだったので、光恩寺の大門前にある大門寿司で、穴子丼を堪能する。

この大門寿司は、友人の実家でリーズナブルで美味しいので、寿司屋には、ほとんど行かない俺が、一番利用している店だ。気軽にいろいろ食べる事ができて、とても居心地の良い環境で、地元の常連さん達の集まるあたたかい店なのだ。

いかつい仁王像の洗礼を受け、門を入ると、結界が張られ、中にはこんもりと檜の葉が盛られ、中心には、「大日大聖不動明王」と書かれた幣束が突き立ててあり、何かが起こりそうな予感で、ワクワクさせてくれる。

結界の東西南北には、それぞれ、「東方降三世夜叉明王」「西方大威徳夜叉明王」「南方軍茶利夜叉明王」「北方金剛夜叉明王」と書かれた青赤黄青の幣束が四方位を固めている。なかなか凄い結界が作り出されている。

山伏の格好をした人たちが集まり始め、花火が鳴り響き、法螺貝の合図で、山伏達が町内を練り歩くらしい。勿論付いて行く事をいうまでもない。こういう時は、とても楽しい、至福の時間なのだ。

ふと見ると、山伏の中に、見慣れた顔が・・・・

黒保根の医光寺のかちゃんだ!先日、孟宗竹をもらいに行ったばかりなので、お互い、こんな所で再会し、びっくりだった。

同じ高野山真言宗のお寺なので、持ちつ持たれつで、大きい行事の時は助け合っているらしい。

とにかく、結界を作っていく!しめ縄を張った中の檜の葉にもしめ縄が張られ、そして、四方に破魔矢が射られる。この矢を取るのは、とても縁起の良い事とされているらしく、大勢の人が群がる。

なんと、南方の矢が、運良く俺の所に飛んできて、そのままキャッチ!!!

いやー、取ってみるととても嬉しいもんでだ。ちょっとしたドキドキとワクワク感が、こういった芸能の中にある一つの重要な要素だろう。

次に山伏が、まさかりで、空間を切っていく。これも四方向。そして、真剣で四方向の空間を切り裂き、最後は、檜の葉の結界の注連縄を気合いと共に切断して、松明で点火されるのだ。

このモクモクの煙がなんとも凄い。龍が天空へと駆け上って行くかのごとくである。

こういうのを、生で見て感じる事で、自分の芸能魂も、シャンとする気がするなあ。

便利な世の中だが、実際に行って見て感じるというのを、大切にしていきたいもんである。

いよいよ、4月、いろいろなものが、動き始めようとしている気配が濃くなってきているなあ。

奥三河「御園の花祭り」in 白州 その2

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花祭りの特徴として、大きな鬼の面を付けた鬼が出て来る。この鬼がそれぞれ役割を持っている。

山見鬼は、最初に登場する鬼で、山を割り、生命の再生を図り、生まれ清まりの重要な役割を担う鬼。

榊鬼は、最も重要視される鬼で、地区の人達は「榊様(さかきさま)」と呼んでいる。反門(へんべ)を踏み、大地に新しい生命力や活力を吹き込む鬼。

この鬼達、とても魅力的だ。面自体に相当な力がある。これだけ、反復するリズムと踊り、一昼夜行われる現地では、相当グルングルンしてきそうだ。いつか、行って見たい祭りだ。

祭りの最高潮は、なんと言っても、この湯釜のお湯を見物人にかけまくるのだ。このお湯自体が相当に清められているので、お湯をかけられる事で、かけられた人が浄化されるという事だ。

やはり芸能というのは、いいもんだと思う。その地域のエキスの様なものが凝縮され、お囃子や舞、音や視覚によってこの世に出て来るのである。興味深いもんだ。

天竜川流域には、今もまだ濃い芸能が残っている。

奥三河「御園の花祭り」in 白州

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花祭りというのは、鎌倉時代末期から室町時代にかけて、熊野の山伏や加賀白山の聖によって奥三河地方に伝えられたとされています。「冬至」の前後、太陽の力の復活を願って行われる「霜月神楽」系の神事芸能です。以前は、七日七夜もかけて130番もの舞が盛大に行われていたが、現在はほぼ一昼夜をかけて、八百万の神々を勧請し、諸願成就、厄難除け、生まれ清まりを祈願する祭りとして行われている。

そんな花祭りと、白州で遭遇!!!今回の白州に来たのには、この花祭りを見る事ができるのも、大きな理由のひとつだった。

12日の夕刻から、雰囲気抜群の中、花祭りは行われた。元々は極寒の時期に行われていたらしいが、最近は11月あたりに行われるので、外気温のせいでそんなに白い湯気が立たないらしいが、この日は、違った。恐ろしく寒い中、中央に設置された釜からは、熱々の湯気が立ち上り、芸能的には最高の状態。しかし、冷える冷える。

本来一昼夜かけて行われるものを、2時間ほどに凝縮していたが、相当に堪能できた。しかし、カメラを持つ指先が痛いほどの寒さだったが、なかなか雰囲気がある写真が撮れたかな。

本来は、「瀧祓い」を行い、瀧を祓い清め、湯立てに用いる神聖な瀧の水を湯立てに使う釜に入れる。瀧自体を祓い清めるほど神聖な芸能なのだ。

湯立ての場で、始めに神官姿の花太夫が火が焚かれている釜に、祭文を唱える。そして、釜の回りを祓い清める様に、反復した動作が東西南北それぞれの方位に対して行われ、刀まで使い祓い清めていく。強烈に空間を切り裂き、清浄な空間を作っていくのだろう。

つづく・・・・・

宮崎県椎葉村嶽之枝尾神楽のつづき

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それにしても、神楽を堪能するには、一般的な時間感覚では短いのだ。すぐに終わってしまって残念・・・・

客席は、満員御礼状態。俺は、たまたま招待券をゆずっていただいたので、一番後ろの席だった。ラッキーな事に全部が見渡せてとても良かったのだ。

全編を通して感じたのは、神楽という文化がこの椎葉村という土地では、まだ生きているんだなあ、という事だった。なんと言っても、唄が生き生きとしている。現地でやる時には、準備で空き時間ができてしまった時には、見物人がそれぞれ神楽唄を唄うというから、驚かされる。

そして、今日はラッキーな事に前々から欲しかった「椎葉の民謡」というCDもゲットできたのだ。さすが、ビクターは良い仕事をしてるなー、という感じだ。

これは、正直ヒットするものではないが、本物だ。土取さんと桃山さんが監修した「郡上のうた」しかりである。こういった音源を聴いて、「良いなあー!」という耳というか感性を持って生きていきたいもんである。

神楽は、とても親しみやすいもので、都内でやるものとしては、とても良かった様に思う。神楽に関わる人達の良さが、総てにおいてにじみ出ていた感じだ。

文化芸能というものが、こうあるべきという、一つの姿を見せてくれた気がする。

宮崎県椎葉村嶽之枝尾神楽

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いやー、今日は良い日だった。天候ではなく、自分の中でだが・・・

神楽好きや、芸能マニアは知っているとは思うが、宮崎県椎葉村嶽之枝尾神楽を見て来たのだ。宮崎だと、高千穂神楽が有名だが、個人的には、こちらの椎葉の神楽の方が好みかもしれない。

十数年前宮崎県西都市の「銀鏡神楽」を遠路はるばる車で見に行った事があり、今回の椎葉の神楽の笛に、銀鏡神楽の記憶を呼び起こさせる旋律があった。この椎葉神楽と銀鏡神楽は、結構近く大きなくくりで言えば同じ文化圏に入るだろう。それでも、それぞれのスタイルはだいぶ違ったものが伝承されて、今日に至ったいるのも、面白い事だ。

本来、こういったホールで見るものでは無い事は、重々承知しているが、それにしても、舞台に作られた神楽の装飾装置は、良いもんだった。

正面には、仮の神前が設けられ、そして、内神屋(うちこうや)と呼ばれる神楽を舞う場所が作られ、そこには天蓋(雲)が吊るされ、その周囲に四角く張られたれた彫物(えりもの)は、方位によって春夏秋冬を意味する。ド派手な竹の装飾物は、「大宝の注連」で須弥山(しゅみせん)を表すと言われている。

しかし、一番初めに目が行くのは、勿論太鼓である!!! 2尺(60センチ)ほどの直径の紐締めで、俺の神楽太鼓と似ている。しかし、もしかしたら違うかもしれないが、胴は一本の木を刳り貫いたもので、それに鹿の皮が張られている。この直径に対しては、太めのバチで片面だけを打ち込んでいくスタイルだ。これがなかなか良かった。

あれだけ打ち込むから、刳り貫きなのかな?等と勝手な想像をして一人で推理を楽しんでいたのだ。

宮崎県といえば九州だ。この群馬からは相当な距離がある。神楽が始まり、太鼓が鳴った瞬間、音質や間の取り方に、違和感を覚える。しかし、良い意味での違和感だ。もの凄く刺激的で、音も強いが心地よいのだ。これは南だろうなあ・・・?と思っていたら、一幕目が終わり、太鼓が違う人に変わった。

そしたら、何故か心地よくないのだ。無理がある感じがするくらい。しかし、これは一般的な人が聴けば、ほとんど分からないとは思うが、太鼓マニアである俺にとっては、いかんともしがたい事態である。

ここで、自分なりの分析が始まる・・・・・あの始めの人はマスターに違いない!という結論が出た。よくよく、チラシや当日パンフを読むと、そのマスターは、椎葉武則さんと言って、頭取も務める人だった。頭取というのは、どうやら会長の次に位置する役のようだ。

それにしても、椎葉武則さんの太鼓、しびれたなーーー!!!

つづく・・・

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