甲府・桜座。山梨辺りでは、知られたライブスポットらしい。
今日は、土取さんがそこでソロのパーカッションライブをするとう事で、一路甲府を目指す!
しかし、今日はいたる所で桜祭りが開催され、道は結構込んでいた。満開の桜も中央道の談合坂パークングでは、ほんの少ししか咲いていなく、ほとんどが蕾の状態だった。風も少し肌寒い。
甲府に入り、この陽気で開いた身体も、キュッと引き締められた感じがする。これがちょうど良かったかもしれない。
やはり、師匠のライブに行くのは、他の演奏家の演奏を聴きに行くのとはわけが違う。身も心も引き締まるし、とてもドキドキする。
桜座は初めての場所だ。ここでは、最近セッションをした梅津さんをはじめ、渋さ知らずなどのジャズ系から、田中泯さんといった舞踏家まで、幅広いジャンルの人がやっているスポットだ。開場を待つ喫茶スペースからして、何十年かタイムスリップしたような錯覚に陥る雰囲気をかもしだしている。
待っている時、リハ中の土取さんのドラムセットの音が漏れてきて、「ライブに来たんだなー!」という気持ちも盛り上がってくる。
いよいよ、開場の時間!俺は2番目に入る。一番の女性は横浜から来たとの事で、昼頃から来て待っていたという!うーーーん、凄い・・・
ちょっと誇りっぽい会場の中央にドラムセットがセットされ、なんだか、物語が始まっていく雰囲気をかもしだしている。楽器というのは、無言で語りかけてくる存在感があるのだなあ、と再認識でき、自分も改めてよく考えたいもんだと思う。
土取さんは、アフリカの弦楽器を持って登場した!解読不明の歌を歌いながら、その弦楽器を爪弾きながら、聴こえてくる歌は観客をソフトに包み込んで、土取ワールドへの門を開け、古い柱を保護する意味で板金された部分を叩くと、その弦楽器のトーンと同じ部分を発見したらしく、弦で爪弾く音程と柱を叩く音程がまったく同じなのには、恐れ入った。
土取さんの音は、その小柄な身体から発せられるとは思えないはど力強い!しかし、繊細さも併せ持ち、どんな状況でも臨機応変に対応していくのは、見事としかいいようがない。
それに比べると、俺の演奏は未熟な面も含めダイレクトな音だと思う。
ドラムセットの演奏は、なかなか老体には疲れるとの事で、中盤を過ぎた頃に、若手の尺八を吹く子と、能管の演奏者が呼ばれ、3人のセッションが始まった。そのセッションはなかなか興味深かった。
自分の若い頃が思い出され、不思議な気持ちがする。当時は土取さんも、若かった事もあり、激しかった!その時期に学べた事は、今の自分に物凄い影響を与えてくれている。
「こじんまりまとめるな!」と言われ、演奏の中にも、ある種の熱量と熱量がぶつかりあって起こる、化学変化のようなものの大切さを、体験を通して学ぶ事ができた。
初めて土取さんと同じ舞台に出たのは、新神戸オリエンタル劇場だった。あの頃は、若かった事もあり超強気だった。その時の演奏は、即興ではなくひとつの曲で、フレーズをが決まっていて、そのとおり進行していくものだった。
しかし、本番は何故か途中から違う事になってしまい、「誰だよ、間違ったのは!」と思って、その時のフレーズとグルーブを瞬間に感じて、その場は、スリリングで、めちゃくちゃ熱いものになったのだった。
結果的には、俺が間違っていて、「あららら・・・」という感じだったが、土取さんは、その間違った辺りからが、エネルギーがいい感じになったんだ!と言っていた。間違った事をとやかく言う事はなかった。
セッションが終わった。
セッションはアンコール分との事で、アンコールはしないとの事だったが、アンコールの拍手が鳴り止まない。
ようやく土取さんが現れた。そして、「今日はもう一人音楽家が来ているので・・・」という。「へーーー、まだ居たんだ?」
と思って聞いていたら、それは俺の事だった。前に呼ばれ、「昔、うちで育ったやつで」と紹介してくれた。
10年前には、「お前は、やっと音楽家としてスタートラインに立ったばかりなんだぞ!」と言われていたので、その言葉は、なんとも感慨深いものだった。
「亥士、ジンベやれ。」と言うわれ、はじめは、俺をを含めた若手3人のセッションになったのだが、音が盛り上がってきたところを見計らったように、土取さんがドラムセットで入ってきた。懐かしい音の感覚が蘇ってくる。その音はエネルギッシュで温かく、なかなかに手ごわい!!!
俺は、この人から、本当に多くの事を学んでいたんだなあ、とつくずく思い知らされた瞬間でもあった。
このセッションの瞬間を、生涯忘れる事はできないだろう。
言葉ではなく、音での対話の中には、遥かに豊かな感覚が含まれているのだと思う。俺は、音を通してこれからも、いろいろな人に語りかけていきたいと思う。