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Tiba Kikundi in ガイアシンフォニー上映会

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昨日は、群馬の大泉文化むらで行われた、ガイアシンフォニー第五番の上映会で、演奏をしてきた。

うーん、このところ常に何かがあって、やけに忙しい日々である。

Tiba Kikundiで、開場から上映前までの雰囲気作りのために、演奏したのである。Tiba Kikundiは、北関東アフリカアンサンブル・ユニットである。こう書いてしまうと、ちょっと凄そうだが、そんなこともなく、今後に期待!という生まれたてのユニークなユニットである。

メンバーは、俺と打楽器奏者の大澤和樹、鍵盤奏者の渡邊康一、アメリカでヨルバドラムのグループに参加していた樺沢安之、神楽師でもあり整体師でもある小和田孝の5人のユニットである。

そんなTiba Kikundiの演奏から始まった、ガイアシンフォニーの上映会、雰囲気はとても和やかで良い感じだった。

俺達の演奏風景を、異常なまでの集中力で撮影してくれたのは、スタッフの角さん。彼は、まるでカメラを持ったメンバーの一員の様なテンションで、撮影をしてくれ、なんだかとても良い感じだった。いきなり、最前列に寝転び始め、超ローアングルからのショットを決めていた。

彼の撮影する姿は、とても楽しそうだった。数々の印象的なショットがあるのですが、今回はその一部をアップしときます。角さん、良いショット、ありがとうございました。

午前と午後の二回の上映だったのだが、午後は、途中で映像が止まるハプニングもあって、スタッフも相当ハラハラしたとの事。そういうこともあるんですねー。

DVDプレイヤーは新しいものだったから、これはどうみてもDVDのディスクの問題の様だ。結構高額な料金をとってるわけだから、きっとこれは、レンタル料をある程度返してくれるんだろうなあ、と思う。10万近くの金額をとっていて、映像が止まってしまうんじゃあ、お粗末すぎだろう。

まあ、きっと、ガイアシンフォニーの事務所が、主催した方の多大な迷惑も考えて対処してくれる事でしょう。どんな時でも、問題が起こった時の対応が大切ですからね。

今回の第五番、ハプニングはあったものの、スタッフのみなさんの臨機応変な素早い対応が良かった様で、ご来場いただいた方々からの評判もよくて、上映会は無事に成功したという事だ。

さてさて、明日からは、音曼陀羅之世界展だ。

Live in 江古田

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江古田フライングティーポットで、塩島さんとのセッションしてきました。

塩島さんと制作中のアルバムのデザインを担当してくれた、直紀も来てくれ、本日の画像は、彼が撮影してくれたものを使わせてもらってます。直紀、どうもありがとう!

そして、幻踏神楽灯の時の舞台監督をしてくれた、高橋さんも駆けつけてくれ、嬉しい顔ぶれがそろったのだった。

会場は、結構狭くて、30人程度のキャパだった。今夜のイベントの名前は「パーカッションナイト」。なんともザックリなネーイング・・・・。

世の中狭いもんで、昔からの知人で、和太鼓打ちの辻田さんが、「Wave Drum」という名前で参加していた。彼は2尺の宮太鼓を持ち込み、迫力の演奏の予感・・・?

今回のライブは、3組の出演者から構成されていて、トップは、辻田さんとパーカッショニストにダンサーのユニットMMW。これは、和太鼓にジンベ、カホンという感じに、女性ダンサーが絡んでいくのだが、結局ダンサーに目がいってしまうわりに照明は作りこんでないので、どこに焦点をあててよいか分からず、もったいなかった印象が残った。

2組目が俺と塩島さん。3組目が、イギリス在住のユミさんと和太鼓の細谷さん。

それぞれ、40分の持ち時間だったのだが、俺達は、結構集中して30分位で自然と終わる流れで終了。そしたら、今回の仕切りをしている方から、「後10分ありますけど、どうしますか?」ときたもんで、目が点だったが、「これでやめときます!」と答えておいたが、なんちゅうセンスの無いやつも居たもんだ。

今回、ラストに全員でセッションがあったのだが、これが、思いの他、面白かった。正直、自分はそれ程やらなくてもいいかな、と思っていたのだが、やり始めるとやってしまうもんで、神楽太鼓の音圧とグルーブは無敵である。俺の神楽太鼓のグルーブと塩島さんのエレキギターの音像がセッションの場を包みこんでいった。

始めは、小さいすり鉦を持っていて、控えめにしていた細谷さんが、ある瞬間にスイッチが入ったらしく、自分の太鼓セットに突進していくように戻ると、俺と塩島さんと細谷さんの三つ巴の演奏が始まった。他の出演者もやっているのだが、俺達の異常なテンションにはついてこれなかった様で、3人にとっては、とても面白いセッションになったのだった。

高橋さん曰く、「細谷さん、最後は弾けてて良かったっすよねー!」という感じである。

今回、メインのユミさんは、今回の日本ツアーでは、梅津和時さんともセッションをして回っていて、なかなかの実力派らしい。

面白い機会を与えてきただき、感謝です。

打ち上げは、俺と塩島さんご夫婦、高橋さん、直樹。不思議な面々での会となったが、いい時間を過ごすことができた。

気の合う仲間との打ち上げは、実に良いもんなんだなあ!

明日は、都内初セッションだ!

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明日は、江古田に行く事になっている。即興ギタリストの塩島光弘さんとの都内初となるセッションがあるからだ。

場所は、江古田フライングティーポット。

会場的には広くないスペースなので、音圧は凄い事になること間違いないだろう。

スケジュールの方に繊細は載せてあるので、こちらを参考にしていただきたい。
http://www.dragontone.org/cgi-bin/diarypro/diary.cgi?no=608

塩島さんとのセッションの模様を録音したアルバムも制作中で、今月末にはできる予定だ。

神楽太鼓とエレキギターが不思議と良いバランスで絡み合い、独特な音風景が現われるのだ。これは、実際のセッションを聴いていただくのが一番!

明日の江古田フライングティーポットは、大荒れ間違いないだろう。楽しみだなあ。

逆潮-sakashio- 名古屋公演

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6日は、目まぐるしい一日だった。

朝一から午前中いっぱいで、六本木ヒルズにほど近い、幼稚園でのワークショップを済ませ、その後は次回行われる品川方面の幼稚園での打ち合わせに。

打ち合わせが終わると、15時を回っていた。

上手い具合に打ち合わせが品川だった事もあり、そのまま新幹線に飛び乗ったのだ。

実は、名古屋で行われる、俺のメキシコの姉とも言える存在、イレネさんの「逆潮・名古屋公演」を見るためだ。

鹿児島、仙台、名古屋、東京と何カ所もで行われる公演。本来なら、東京公演に行くのがベストなのだが、自分の予定が合う日程が、この名古屋以外なかったのだ。

普通なら、まず行かないかもしれないが、舞台に生きる人間にとっては、行くしかない!というところである。

何を一番大切にするか、というのはその人にその人によって違うだろうが、俺にとっては、今回の公演は絶対に足を運ぶべきものだったのだ。

この公演、イレネさんを含め、出演する3名すべてが友達なのだ。メキシコで古代復元楽器の演奏グループ「TRIBU」のメンバーである、アレハンドロとダビが音楽家として参加しているのだ。

彼ら「TRIBU」とは、20代前半の頃に土取さんと共に、たしか神戸のオリエンタル劇場で共演した事がある。そして、メキシコに居る時に再会して、俺のライブに来てくれたり、一緒にセッションしたり、家に招いてもらい、メキシコ料理をご馳走になったりして、とても仲良くなったのだ。

そんなアレハンドロが、一昨年脳内出血で倒れてしまい、とても心配していたのだが、今回の日本公演に来るというのも、絶対に行きたい理由だったのだ。

支倉常長の奇異な旅をテーマに展開される音楽劇。どんなものになるのか、予想もつかなかったが、素晴らしかった。

簡素化された舞台美術が照明との効果で、とても美しい。メキシコでは、アーティストの存在は、とえも重要な位置としてとらえられていて、アーティストが自由に自信を持って活動している。そんな事を感じる舞台美術だった。

赤いロープが舞台上手側に斜めに張り巡らされ、下手側には、舟のマストに見立てた編まれた白いロープが吊り下げられている。

640人のホールは、8割を超えるお客さんで埋まっている。これは、凄い事だ。正直、それほど有名でもなく、内容も渋いし、どこからこの人たちが集まってきたのだろう?という感じである。

しかし、この作品に対する、イレネさんのぶれない想いというものが、何か見えない存在が後押ししてくれている様にも感じる。イレネさん曰く、支倉常長が、陰で応援してくれているから、これだけの人が集まってくれたんだよ!との事。

舞台は、「TRIBU」の二人の演奏で始まる。この演奏が素晴らしくて、一部で紹介してくれた、支倉常長の厳しい旅の様子が見えてくる様だった。

一時間の舞台は、あっという間に幕を閉じ、盛大な拍手がわき起こったのだった。

こういったホール公演で、いいなあと思えるものは、相当少ないが、この舞台は見ておいた方がいい気がする。都内では、7月15、16日と日暮里サニーホールにて行われるので、興味のある方は是非!

今日の日本においては、「聴かせてくれ、見せてくれ!」という見方が多い様にかんじるが、本来は、自分で感じ取るものだと思う。この「逆潮」は、今の日本には少ない、潔さをとても感じる舞台だと思う。

タイトなスケジュールの中、敢行した名古屋行き、非常に得るものが多かった。普段連絡を取り合っているわけではないが、舞台を共にした密度の濃い友情関係というのは、本当に良いものだなあと思う。

会場で、ダビが作ったメキシコの復元楽器の土笛が売られていたので、5つ買ってしまった。これは、超嬉しい買い物だった。それは、後日ご紹介しましょう!

ダビが腰を痛めてしまったので、イレネさんが付き添って病院へ行く事になってしまい、仙台への移動日だったので、アレハンドロを含めた美術スタッフ3人と共に、俺が一緒に新幹線に乗って、東京駅まで行き、仙台行きのホームまで案内したのだった。

偶然は必然ともいうが、俺が名古屋に行ったのは、彼らを仙台に案内する役も兼ねていたのかもしれない。実は、指定席を買ってあったのだが、彼らのメキシコ的時間感覚はゆったりなので、出発がすこし遅れ、タクシーに飛ばしてもらうも、その時間に間に合わず、あらららら・・・・・。という感じだったが、次の便の自由席に滑り込みセーフ。なかなか珍道中だったが、より彼らとの絆が深まった気がしたなあ。

仙台、東京での公演の成功を願ってます。

日本メキシコ交流400周年記念事業「逆潮-さかしお-」

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俺の、メキシコの姉さんという存在の、イレネさんからメールが届いた。

今、日本に来ているというのだ!それも、公演にである。

イレネさんは、元は宝塚で舞台経験を積み、出身地であるメキシコに戻って、メキシコを拠点に活動を続け、日本文化の素晴らしさを、北米を中心に紹介しているアーティストである。

そんな彼女との出会いは、メキシコ在住の時に、日本をテーマにした舞台を一緒に作った事でであったのだ。姉さん肌の彼女は、テキパキと役をこなし、そして、とてもエネルギッシュである。

2008年にメキシコツアーで再会した時に、今回の舞台の企画の話をしていた。

イレネさんのイメージに、俺の音楽が合うらしく、プロデューサーを連れて、俺たちの舞台を見に来てくれたのだ。舞台を見たプロデューサーが、打楽器だけで、これだけの世界観が出せるのか!という事で乗り気になり、話が進んでいったという事らしい。

そして、俺が、企画書の文面を日本語で校正したこともあり、多少の関わりがあったので、今回の舞台が実現したのは、とても嬉しいのだ。

宝塚歌劇団時代の同期には、黒木瞳さん、涼風真世さん、真矢みきさんらがいて、現在も日本の芸能界で活躍している方々である。イレネさんの勢いも、きっとあの世代特有の良い勢いなんだろうなあ!と思ってしまった。

そして、音楽には友人でもある、TRIBUのアレハンドロ・メンデスも参加しているのだ!

彼の音楽のセンスはピカイチで、柔軟さの中に力強さもある深い音を奏でる演奏家である。

この舞台は無言劇らしいので、誰でも楽しめるのではないかと思う。

今の日本の既存の舞台にはない、何か熱いものを感じる事ができる様な気がしてならない。

俺と元宝塚の人が繋がっているというのも、ちょっと不思議な感じがしますが、ご興味あある方は、是非足を運んでみてください!

名古屋公演と東京公演のフライヤーの画像をアップしておきます。名古屋と東京の雰囲気が反映されているんでしょうかね。面白いもんです。

茅の輪をくぐる

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先日、高麗神社で運良く「茅の輪」に遭遇!!!

俺が行った時には、その茅の輪の前に女子高生が2人座り込み、なにやらやっているという、摩訶不思議な光景を目にしてしまったが、近くまで行ってみると、猫がじゃれついてきていて、遊んでいたのだった。

その「茅の輪」の前に分かりやすくこんな下りが書かれた看板が・・・

『夏越(なごし)の祓え(はらえ)』について
毎年夏になると多くの神社で、「夏越の祓え」が行われます。
「夏越の祓え」は、茅(ちがや)を円形にした「茅の輪」をくぐったり、人形に息を吹きかけるなどして、身についたケガレを祓う神事です。「茅の輪」の上部に取り付けられた人形(ひとがた)にある「蘇民将来之子孫也」には、次のような謂れがあります。

昔、「須佐之男命(すさのおのみこと)」という神さまは、旅の途中で裕福な「巨旦将来」という人に一夜の宿を求めました。ところが巨旦は、世話を惜しんで命(みこと)の願いを断ってしまいました。次に命(みこと)は、巨旦の兄で貧しい暮らしをしている「蘇民将来」に宿を頼みました。蘇民は命の願いを聞き入れ、精一杯もてなししました。後に須佐之男命は、蘇民に「蘇民将来の子孫であることを示せば災いから免れる」と教え、目印に茅の輪身につけるように命じました。

以来、家の入り口に「蘇民将来之子孫也」などと記した印を掲げたり、茅の輪を身に付ける風習が生まれたといいます・・・

「おーーー!」と納得。そして、茅の輪のくぐり方も書いてあり、その通りに3回くぐってみた。

「蘇民将来之子孫也」と書かれた人形(ひとがた)がいい具合に風にゆれている。偶然立ち寄って、こおいった神事に遭遇できるのは、とても嬉しいもんである。

高麗神社の鳥居は、木なので、実にさわり心地が良い。そして、狛犬には赤い前掛けがかかって、愛らしくも力強い。

たしか、先日紹介した「比呂佐和神社」でも同じ様に夏越の祓いとして、人形のお祓いの神事が昨日の6月30日に行われたはずである。この神事、とても古くからの形態を継承した重要な神事と書いてあった。

季節の変わり目に、自分の身体を見つめ直す意味でもこういった古くからの儀式は、とても大切なんだと思う。この時期は、天候も不安定だし、この後にやってくる猛暑の季節に自分の身体を適応させていかなければならない。

こんな儀式を通じて、意識的に自分の身体と向き合う時間を少しでも作る事が、なかなか重要な事なんだろうなあ。

日本には、素晴らしい風習や文化が残っているもんである。

練馬・荒馬の母送別会に参加する!

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この間の日曜は、普段は足を踏み入れない様な割烹料亭に行ってきた。

この3月で練馬区の保育園を退職した、平岡素子先生の送別会が開かれたからだ。

部屋に入ると、目に飛び込んで来たのは、吊り下げられた茄子だった。なんとも不思議な雰囲気である。お盆の先祖を迎える時に作る茄子の馬の様な・・・

しかし、この茄子、とても柔らかくて美味しいものだった。そして、キュウリは蛙の形に造形されていて、あじさいの花と見事にマッチしている。当の平岡先生は、この蛙の形を見る前にキュウリは胃の中に入っていて、「あれれ・・・」という感じで、爆笑。

平岡先生との出会いは、もう20年以上になる。学生の頃に知り合って以来、俺の荒馬を気に入ってくれ、彼女が移動すると、その保育園に呼んでくれて荒馬を教えて来たのだ。

今日、練馬では、大きく分けて、本場青森の今別地方の「現地の荒馬」と「荒馬座系統の荒馬」と俺の教える「青森のじゃわめくエネルギーを体感する荒馬」の3つが存在するという。

20年以上やっていると、信用も着いてくるらしく、練馬区では、職員の研修をサポートする制度がしっかりしていて、園内研修で外部から講師を呼ぶ場合に補助が出るらしい。そして、講師のランクというのもあるらしく、どういう基準か分からないが、最高額が出るのは、社会的に認められている教授や、著名な人などらしい。どこでどうなっているのか知らないが、驚いた事に俺もこの最高額が出るアーティストの一人になっているのである。

公的機関で認められているというのは、俺の様なアンダーグランドな活動をしている人間では難しい事だが、練馬区は、凄いもんである。見る目があるのか、地道な積み重ねなのか、定かではないが、嬉しい事ではある。

平岡先生が、地道に荒馬を各園で伝えてくれた事で、現在練馬区の保育園の先生方の、荒馬レベルは相当上がってきているのは事実だ。

そんな「練馬の荒馬の母」とも言うべき平岡先生の送別会という事で、彼女から影響を受けた有志が集まっての送別会だったのである。

そこで、賞状をおくる事になり、俺が書く事になっていたのだったが、ギリギリになって、目が点になる様な長文が送られて来たのだ。

久々に大変な集中力を使ってしまったのだったが、無事に文面を書き上げ、当日は、文章を考えた「練馬のリズム運動のマスター」請関先生から、平岡先生に賞状が渡され、とても喜んでくれた。

今考えると、大好きな荒馬を通じた関係が、20年以上も続いている事は、もの凄く嬉しい事だなあ、と思う。

荒馬=青森の濃い芸能のエキス=日本の芸能の大切な部分=自分が大切にしている空気感、という感じでどんどん連鎖していくのである。

幼少の頃に俺が青森で体験した、魂がやさぶられる様な感覚を、より多くの子ども達に体験して欲しいと願ってやまない。

そんな機会を、作ってくれた平岡先生に、心から感謝したいと思う。

そして、彼女のまいた種がどんどん発芽し、練馬に荒馬の花が咲き始めているのだ。

比呂佐和神社

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先日の朝、甥っ子の草吉を自転車に乗せて保育園に送っていった。まだ小さいので、ばあちゃんの自転車のカゴにすっぽりと入って、座れるのだ!

保育園に到着しても、気持ち良かったのか、降りたくないないらしい。泣き始めたが、先生に預けて、退散する。

このひろさわ保育園は、比呂佐和神社がやっているので、神社の境内にある様で、気持ちの良い保育園である。園内の掲示板には、ありがたくも、7月に地元の有鄰館酒蔵で開催する「音曼陀羅之世界展」のチラシが拡大コピーして貼りだしてくれている。

チラシの下には、たしか「りす組のいしざかそうきちくんのおじさんのイベント」と書いてあった気があする。この不思議な響きがなかなか新鮮だった。

ちょうど、自転車だったので、初めてこの比呂佐和神社をゆっくり散策してみたのだったが、これが驚きで、この神社とても良いのだ!!!

俺が、若い頃からよく行っていた、三夜澤の赤城神社から分霊して、この地に神社を作ったという事らしい。

狛犬は、なかなか雰囲気あるなあ、と思ったら、大正時代の作。親子の方の子犬がなんとも良い表情に見える。そして、ここの狛犬の特徴は、前脚の毛の彫りがちょっと不思議な感じで、あまり見た事がない形状な気がする。

しかし、そこの部分がいい感じなのだ。

手水をとる、龍の造形も迫力だし、その後ろに建ててある水神の石塔も、とても良い雰囲気をかもしだしている。ちょっと残念なのは、少し写っている雑巾が見えてしまう場所にかけてあった事だが、掃除しやすいからだと思うので、まあ仕方ないのかもしれない。

子ども達が、身近に神社を感じていて、神社が生き生きしている感じがしたなあ。なんあだか、こんな神社のあり方もおおわらかで、いいもんである。

車では、見れない景色が自転車だと見れるんだなあ。と再認識してしまう。群馬は特に車天国なので、乗れる人は、近所は自転車で行くといいんじゃないだろうか、なんて勝手に思ってみたりしたのだった。

自転車は、豊な気持ちになりやすい乗り物なんじゃないだろうか。

ワークショップで団扇をもらう!

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本日は、先週に引き続き、池袋の保育園でワークショップだった。

今日は、ジンベを9個持ち込んでみたのだが、子ども達は、はじけてたなあ。

年中、年長の2クラスをやったわけだが、それぞれのクラスで反応が違って、とても面白い。

その日の天候、体調、もろもろの要素が微妙に影響し合って、その場の雰囲気を作っていく。自分のイメージの通りに進まない方がかえって面白い結果となる。というか、基本的に即興的に対応しているので、予想外の反応が、とても新鮮なのだ。俺も楽しめて、子ども達も楽しめるのは、とても良い事である。

年中クラスは、何人かでジンベを踊りながら叩いていたのが良かったなあ。はじめは、先生にぴったりくっついて泣きべそをかいていた女の子が、最後には、楽しそうに跳ねながらジンベを叩いて髪の毛が揺れる感じがとても躍動的でキラキラしていた。

年長クラスは、もの凄く白熱した濃密な時間だった。ご挨拶程度に用意した、タイの銅鑼を、やけに楽しそうにしているバングラディッシュの男の子の背中に乗せて、ガンガン叩いてみたら、それがヒットしてしまったらしく、「やって、やってーーー!」とほとんどの子がむらがってきてしまい、最終的には、先生も「やってみたい!」という事で背中に銅鑼を乗せて、プチドラムクリニックが、この年長クラスで行われてしまったのだった。

結構面白い反応の子も居て、「やって、やってー!」という子とは反対に「やりたくないー!」という子もいたが、俺は、そんな子に対しては、言葉の通り、「そうかい、やりたくなければ、やらない方がいいよ!」と軽くあしらっておく。

まあ、何かを感じとってほしいという気持ちのあらわれもあるのだろうが、やる自由もあるし、やらない自由もあるのだ。

このクラスは、とにかく嬉しくて、楽しくて、太鼓に触りたい!というバングラディッシュの子が、面白い空気を伝染させていく。考えてみれば、大人の言う事を聞き分けよく聞くわけがないのが子どもなのだし、素直な反応だろうなあ、と感じさせてくれる。

俺が動く動きを、すぐに吸収してどんどん面白い動きが出てくる。身体の内部をもの凄い速さで何かが動き回っているかの様に、子ども達の動きはシェイクされ、とても自由で力強い子ども達の良いエネルギーが部屋の中を満たしていった。

最後に、子ども達から、歌のプレゼントと団扇をいただいた。たしか、「世界中の子ども達」という歌だったろうか・・・・

目にみえなくて、形に残らない贈り物は、心に深く刻まれるんだなあ、と初めて思ったなあ。この保育園って、自然に素晴らしい事をさりげなくやっているんだなあ、ととても関心してしまった。

形あるプレゼントとして、団扇ももらったのだが、これはこれで嬉しいもんだ。あじさいの折り紙と裏面は、タマネギで染めた布が貼ってある。今年の夏は、この団扇をいっぱい使わせていただこう。

今回のワークショップ、思い出に残るものになりそうだ。

信州小諸キャンドルナイト Live at むぎ草

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夏至の前日の19日、初となる小諸でのライブだった。

これが、なんと屋外でのキャンドルだけでのライブ。実に思い切りの良いイベントだった。梅雨のこの時期に太鼓のライブを屋外でやるのは、相当に、気合いが入っている。というか、主催のむぎ草さんも、俺も特に雨の心配はしていなかったのが、天気の神様に味方されたという気がする。

信州へ向かっていく上信越道は、走り慣れた道なので、気分的にとても楽に走れるルートだ。そして、この高速を走る時は、とても楽しい現場に行く事が多いので、自然と気分も楽しくなってくるのだ。

目的地の「ギャラリーむぎ草」さんは、佐久インターで降りて、下道を20分ほどだろうか。しばし、車を停めて天気を観察するが、これは、どうなるかな・・・・・?という感じ。

しかし、むぎ草さんに到着したら、天気はよい方向へ変化していった。

なんと、ツリーハウスが作られていて、その形がまた、雰囲気があって素晴らしい!このツリーハウスを作った本人でもある鉄の作家である林通雄さんの彫刻がいたる所にあり、庭の雰囲気もバッチリだった。

そして、そのツリーハウスから演奏を始める事に。

丸太を刳り抜いた西アフリカの楽器「クリン」が、木立に響く。木の音がと木立に響くので、さすがにとても相性が良くて心地よい。

まさにキャンドルナイト!キャンドルのみの灯りの中で、響き渡る音は、炎と共鳴していたようで、幻想的だったらしい。

後で聞いた話だが、太鼓の音とリズムに呼応するかのように、俺の真後ろのキャンドルが怪しい燃え方をしていたそうだ。

むぎ草に集まってくれたみなさんにも恵まれ、とても気持ちの良い、キャンドルナイトになったと思う。

信州小諸、初めての演奏だったが、心に残る演奏会になったなあ。